こだわり体感エッセイ

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寿司屋のこだわりから学ぶ

 

僕の友人に、若手新進気鋭の芸術家がいる。
僕の家でホームパーティーをした時に、部屋に合わせて絵画をオーダーした際に彼が話してくれた内容に大変感動したので綴ってみることにする。

彼は、村上隆氏と同じスポンサーについていたようだが、いわゆるパトロンと芸術家との役割
について語ってくれた。

メディチ家におけるミケランジェロ、ミラノ公におけるダビンチ、日本では秀吉と千利休。

なぜ時の権力者は芸術家を召し抱えるのか、それは、彼に対等にものを言ってくれる
「マエストロ」を求めているからだと言う。

確かに、権力を持つと、周りがだんだんズバリ本質を言ってくれる人がいなくなり、又、
利益も絡んでくると、さらに方向性を間違えることになる。

そこで芸術家の登場である。
彼らは、主君に対し、あくまでも精神レベルで対等にものを言ってくれる。
作品を買ってもらう対価で、主君に対し、はっきりと忠言を行う役割、それが芸術家の仕事。
主君に対し、媚びへつらう芸術家は、数ある商人にすぎないと、彼は言う。

だからこそ、芸術家は、主君以上に勉強し、自分を磨き、主君が道を外れた時に、
忠言する準備を絶えずしているのである。

秀吉と千利休の関係は、まさにそうであったのだろう。
時の権力者たる秀吉に対等に精神レベルで忠言出来た唯一の存在であった千利休を
切腹させた後、秀吉の天下は終わる。

権力者だけではなく、本当に成功している社長さんは、大体ご多聞に漏れず、
芸術家のパトロンをしているが、

ただの道楽ではなく、彼らの帝王学なのだと思う。

光と影〜巨匠画家フェルメール


私も社長秘書を3社経験し、また多くの社長と接した中で
権力を持つ人ほど、実はどこかで“対等にものを語りあいたい”という気持ちが
あるのでは?と思っていました。

それがどうしてか?
ということが、このエッセイの中に描かれているような気がして
とても納得しました。

片方は芸術という名の、片方は社長という座において
精神世界でのこれはお互いの「帝王学」なのでは?

Presenter by Mika Ohmae



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